戦前、大学卒の人はほんのわずかで、とても優秀者として考えられていた。戦後から高校進学率が大幅に増えて、経済の成長とともに多くの大学が作られた。現在では、教育希望すれば誰でも大学へ行ける時代だ。今は学歴ではないと、言われることもしばしばだが、やはり日本は今も変わらず学歴社会ではないだろうか?“良い大学に入って、良い会社に入ること”が最高の人生だと考えられてから何年と月日はたち、必ずしもそうではないという考え方もある一方、やはり幼稚園受験、小学校受験など、幼少から学習させて、できるだけ良い学校へ入れてあげたいと思うのが親心のようだ。そのままエスカレーター式に上がっていければ大きくなってもっと過酷な受験勉強をしなくて済むからというのもあるだろう。幼少時期の受験は親の努力が大きい。
社会に出て、大手の会社に入る学生たちはやはり有名大学出身者ばかりなのだから、学歴社会と言えるだろう。もちろん大手の会社に入ることが人生の価値につながるわけではない。学歴だけで、要領が悪い、融通がきかない、人とのコミュニケーションがとれないなどの、人格的な問題がある人間もたくさんいるからだ。
だがやはりわが子には少しでも可能性を持たせてあげたいという親心からか、親自身も高学歴、教育全般のため、わが子も当たり前のように高学歴になるべきと考えるのか、現在の日本では幼稚園からの受験が存在する。
だからなのか日本での受験戦争は世界で最も激しいと話されている。その指導権はやはり母親にあるようだ。“教育ママ”という言葉があるように、教育熱心な母親たちは子供を教育塾に通わせたり課外をさせたりすることが皆子供の将来のために良いと思いさせている。
子供頃の受験戦争はブランド獲得戦争だと話す面もある。一流ブランド学校に入るために“受験”は幼稚園に入る前から開始される。大学付属の幼稚園は特に人気が高い。その幼稚園に入るために二才,三才の子供が塾に通って色々な勉強をしている。実際に試験日には三者(本人、ご両親、学校先生)面接もあって、ご両親の学歴、話法、服装も評価対象になっているようだ。

こんな幼少期からエリートとそうでない子と分ける気は毛頭ないし、高学歴が人間の価値を決めるものではない、長い高学歴社会の結果、そうでない者たちも大きな教育成果を上げられる世の中になってきているのは間違いない。

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2016/3/8 更新